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長崎地方裁判所 昭和24年(行)6号 判決

原告

和田栄一

被告

長崎県農地委員会

長崎県知事

主文

被告県知事が別紙目録記載の農地について、昭和二十四年一月十七日補助参加人に対し売渡通知書と交付してした処分は、無効なことを確認する。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は、被告等の負担とする。

請求の趣旨

被告県農地委員会が、別紙目録記載の農地についてこれを補助参加人に売り渡す旨定めた北松浦郡佐々町農地委員会の農地売渡計画に対し、与えた承認を取り消す。被告県知事が、右農地について、昭和二十四年一月十七日補助参加人に対し売渡通知書を交付し、農地売渡代金を、徴収した処置は、無効なことを確認する。仮に無効でないとすると、これを取り消す、訴訟費用は、被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、その請求の原因として、別紙目録記載の本件農地は、自作農創設特別措置法の規定により政府の買収したものであるが、原告及び補助参加人は、競合して、これが買受の申込をしたところ、佐々町農地委員会は、原告の申込を斥け、補助参加人にこれを売り渡す旨農地売渡計画を樹てたので、原告から異議を申し立てたけれども、通らなかつたので、更に被告県農地委員会に訴願をした結果、ようやく原告の主張が正当と認められ、昭和二十三年十月七日補助参加人に対する売渡計画を取り消し、原告に本件農地を売り渡す旨の裁決がされ、該裁決は、同年十二月五日原告に告知されて確定した。斯樣に訴願に対する裁決が確定すると、市町村農地委員会は、裁決の趣旨に基いて県農地委員会の承認を受け、農地売渡計画を確定させるのが、自作農創設特別措置法の定める手続規定であるから、佐々町農地委員会は、本件農地を原告に売り渡すことにして、被告県農地委員会の承認を求めなければならないのに、同町農地委員会は、売渡計画樹立当時から極端な補助参加人擁護派であつて、同人の利益を図るのに汲々とし、陰に陽に同人を庇護していたが、果然被告県農地委員会の前示裁決の趣旨を全然蹂躙して、当初自己の立案したとおり、本件農地を補助参加人に売り渡すことにして、被告県農地委員会の承認を求めたのに対し、同被告は、前示裁決を飜して、同町農地委員会の補助参加人に対する右売渡計画に承認を与え、被告県知事は、昭和二十四年一月十七日補助参加人に対し本件農地の売渡通知書を交付して、同人から売渡代金を徴収し同人に右農地を売り渡した。けれども、町農地委員会の補助参加人に対する売渡計画決定なるものは、被告県農地委員会の前示裁決により取り消されたのであるから、もはやこれに因り効力を失い、本件農地は、これを原告に売り渡す以外、採るべき途はない筋合であるにもかゝわらず、被告県農地委員会が無効な右売渡計画決定に対し承認を与え、且つ被告県知事がこれに基き補助参加人に対して売渡通知書を交付し、売渡代金を徴收した処置は違法であるから、本訴請求に及んだ旨陳述した。

被告等指定代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告の主張事実中自作農創設特別措置法の規定により、政府の買収した本件農地について、佐々町農地委員会が補助参加人に対しこれを売り渡す旨の売渡計画を樹てたので、買受申込をした原告がこれに対し異議の申立をし、更に被告県農地委員会に訴願し、同被告において、訴願を認容し、本件農地は原告に売り渡すべき旨の裁決をし、その裁決書を原告主張の日時に送達したこと及び被告県知事が、原告主張の日時補助参加人に対し本件農地の売渡通知書を交付したことは、いずれも認めるが、被告県農地委員会は、佐々町農地委員会の樹てた前示売渡計画を承認した事実はない。そうして、被告県知事の売渡通知書の交付が、売渡計画に対する承認がないのに、これがあつたものと誤認してされた違法のものであることは、争わないが、これを理由として、その取消を求めるのであれば格別、その無効の宣言を求める訴を提起することはできない。補助参加人の所有権取得が無効であると主張するのであれば、その受益者を相手とすべきであつて、行政庁を被告とすべきでないから、原告の本訴請求に応じ難い旨陳述した。

理由

自作農創設特別措置法の規定により、政府の買収した本件農地について、佐々町農地委員会が補助参加人に対しこれを売り渡す旨の売渡計画を樹てたので、買受申込をした原告が、これに対し異議の申立をし、更に被告県農地委員会に訴願し、同被告において、訴願を認容し、本件農地を原告に売り渡すべき旨の裁決をし、その裁決書を原告主張の日時に送達したこと及び被告県知事が、原告主張の日時補助参加人に対し、本件農地の売渡通知書を交付したことは、いずれも当事者間に争がなく、原告主張の売渡代金徴収の事実は、口頭弁論において、被告等の明かに争わないところであるから、これ亦自白したものとみなすのが相当である。そうだとすると、佐々町農地委員会の樹てた前示売渡計画は、被告県農地委員会の裁決によつて取り消され、その効力を失うに至つたこと明かであるが、被告県農地委員会が右売渡計画に対して承認を与えた旨の原告主張事実については、これを是認すべき何等の証拠も存しないから、斯樣な承認のされたことを前提として、これが取消を求める原告の本訴請求部分は、既にこの点において失当である。けれども、次に進んで、被告県知事の売渡通知書交付及び売渡代金徴収の行為の無効確認を求める原告の請求の適否について按ずるのに、自作農創設特別措置法第二十条の規定によると、都道府県知事が売渡通知書を売渡の相手方に交付したときは、その通知書所掲の売渡の時期に当該農地の所有権は、売渡の相手方に移転すべく、しかも売渡通知書の交付は、都道府県農地委員会が同法第十八条第五項第八条に従い承認を与えた農地売渡計画によつてされることを要すること明かであるから、売渡通知書の交付は行政処分に属するとともに、有効な売渡計画決定が存在し、これに対して都道府県農地委員会の承認されたことが、売渡通知書交付の絶対的前提要件をなし、これ等の要件を欠如するときは、売渡通知書の交付は当然無効であると解するのが相当であるから、本件の樣に、佐々町農地委員会のした農地売渡計画決定が失効し、且つ被告県農地委員会の承認もない場合には、本件売渡通知書の交付は何等の効力も生じないばかりでなく、売渡通知書の交付の無効なことの確認を求める訴訟は、行政事件訴訟特例法第一条にいわゆる公法上の権利関係に関する訴訟として、これを有効に提起することができ、しかも斯樣な行政処分無効確認の訴訟が取消訴訟に極めて類似すること勿論であるから、同法中取消訴訟に関する第三条の規定を類推適用して、行政庁たる県知事を被告とすることができるものといわなければならない。尤も原告は、被告県知事の売渡代金徴収行為の無効確認若は取消をも併せ求めているけれども、元来斯樣な行為は、農地の売渡のあつたことを前提とし、単にこれが履行を完結させるためにされるものにすぎないのであるから、既にその前提たる売渡処分について無効確認乃至取消を訴求する以上、これから切り離して、単独にこれが無効なことの確認若は取消を求めるべき訴訟上の利益がもはやないものと判定するのが妥当である。果してそうだとすると、原告の本訴請求中、被告県知事の売渡通知書の交付の無効確認を求める部分は、まことに相当として認容すべきであるが、その余の部分は、所詮これが排斥を免れないから、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九十二条を適用して、主文のとおり判決した次第である。

(林 厚地 野田)

(目録省略)

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